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19991114日(日)

ついにこの日がやって来た。ダーウィンの進化論のもとになったガラパゴス諸島への旅。最初は、ネパールに行こうと思っていたのですが催行されず、その後が大変でした。メキシコ・モロッコ・トルコ・スペイン・ポルトガル・ケニア・南アフリカのツアーはいずれも不催行か満席で、「何処にも行けない」状態でした。ガラパゴスは行きたい場所ですが、何分高いので敬遠していましたが、こうなったら清水寺から飛び降りる思いで予約しました。

 

実はこの日初めて出発前にカード会社のラウンジを使用しました。ん〜、ゴージャッス!!コンチネンタル航空6便の34J席で15:15に出発。目指すはトランジットのアメリカ・ヒューストンへのダイレクト・フライト(約14時間)。B777の機体は全席液晶画面付きで快適。日本人の観光客は多く、カップルや女性客が多い。やはりディズニーワールドの力か? 現地時間12:20着。その後、15:55発のコンチネンタル750便の19F席にトランジットしてエクアドルの首都キトへ(約6時間)。ここからは結構大変。南米はスペイン語圏。機内の最初のアナウンスは「セニョール、セニョーラ、ポルファボール」から始まるスペイン語なのだ(その後は英語、もちろん日本語はない)。機内のドリンク・サービスでは、「セルベッサ・ポルファボール」なんてスペイン語を使ってみたりする。さすがに時差ぼけでお眠状態。キトにアプローチ態勢に入っていて、ランディング・ギアも出ていた。その時・・・・、ゴゥォ〜〜〜とすさまじいエンジン音の後どう考えても機体は上昇していく。その後、「セニョール、セニョーラ、ポルファボール」が始まった。乗客は騒ぎ出す。次に英語のアナウンス。Bad weather20 or 30 minutesと言っている。眠気もあったが、「そうか、悪天候で230分上空待機か」と思っていた。230分後(23:00頃)無事着陸。着陸の瞬間拍手が・・・( オイオイ、そんなに喜ぶ事か?)。やっと着いたか、長かったな〜と思っていた時、この目を疑った。なんと、空港が「Quito」ではなく「Guayaquil」と書いてあるのだ。?????、なっなっなんだ〜〜〜〜。近くの人に聞く、

Kawamoto:「なんでQuito(キト)じゃないんですか?」

外人さん:「キト空港は悪天候のため、クローズしている。今日はここで寝て、あすキトに行くんだよ」

が〜〜〜ん!! キトの空港で現地係員と合流するはずだったのだ。そうだ、飛行機は着陸しないのは分かっているはずだから、別の係員が迎えに来ているはずだ・・・と期待してみる。しかし誰もいない。一番の問題は、明日行くガラパゴス諸島にいく飛行機のチケットを現地係員から受け取る事になっているのだ。

 

19991115日(月)

もうこの時間になると翌日になっていた。エアーラインが用意したホテルへ。そこで、現地緊急連絡先の日本人スタッフのところに電話。

多分娘さん:XXXXXXXXX(スペイン語)

KawamotoCan I speak Japanese?

多分娘さん:XXXXXXXXX(スペイン語)

KawamotoCan I speak English?

多分娘さん:XXXXXXXXX(スペイン語)

オイオイ、オォ〜〜〜〜イ。どうすりゃいいんだぁ〜〜〜〜!!!

多分娘さん:Hold on, please.

頼む〜〜〜と念じていたところ、男性が

KawamotoCan I speak Japanese?

男性:どうぞ

やった〜〜。その後事情を説明すると、約一時間後、ここGuayaquilからガラパゴスへ行く事が出来ると言う。そもそも、キトから飛ぶガラパゴスに行く飛行機は、港町Guayaquilを経由するからだ。やっと落ち着いて寝ようとしたところ、ある事に気付いた。自分の時計は2時なのに、部屋の時計は3時ちょっと前を示している。フロントに電話して、

KawamotoWhat time is it now?

フロントもこんな夜中に迷惑だったろう。でも、時刻は僕の時計が合っていた。部屋の時計くらい合わせておけ〜〜!!

 

朝、現地係員がホテルまで迎えに来てくれ空港まで。その後、エアー・ラインのカウンターで荷物を預ける。しかし、現地係員はチケットを持っていないと言う。チケットを持っている係員が来るから待っていてくれと言われ、しばし待つ。その後、ガラパゴス諸島で乗船するクルーズ船のスタッフが僕を手招きする。んっ? 行ってみるとそのままTAME航空EQ191の飛行機B727に搭乗!! えぇ〜〜〜、こんなのあり??

 

飛行機は自由席。つまり何処に座ってもOK。1時間半のフライト後、ついにガラパゴス諸島の飛行場のあるバルトラ島に到着。ここで入島税100US$を支払う。Santa Cruzと言うクルーズ船のスタッフが出迎えてくれ、バスで移動。その後、いよいよ乗船。っと言ってもゴム・ボートでの乗船。ん〜、港は無いのかぁ〜〜!! Santa Cruz号(90人乗り大型クルーズ船)のB-6 Upper Deckの部屋へ。ん〜ゴージャスと満足。さっそくブリーフィング。英語とその他(スペイン語・ドイツ語・フランス語・イラリア語)に分かれ説明を聞く。ブリーフィング後、避難訓練。これは法律上規定されているらしい。救命胴衣を着けサン・デッキへ。

 

やっと、午後になった。今日は長い。15:00からノース・セイモア(North Saymour)島への上陸。上陸するには、班に分かれゴムボートで上陸する。アルバトロス(Albatross)・ブービー(Booby)・ドルフィン(dolphin)・ガル(Gull)etcの班があり、順次ボートに乗っていく。僕はドルフィン。んっ?? ちょっと油断していた。最後のガル班が呼ばれる。えっえっえ〜〜〜!! ドルフィンは?って聞くと、あそこにいるよ!とボートは島に向かっている。おいおい、ガイドはいない人を呼んでくれないのかよぉ〜と思い、日本とは違う自己責任の海外を思い知る。結局ガル班に合流し、ノース・セイモア島に上陸。始めに遭遇したのはSealion(アシカ・トド)である。生まれたばかりの子供もいる。トレッキング・ルートの僅か数メートルのところにSealionが眠っている。更に進むと、Blue-footed Booby(アオアシカツオドリ)とGreat Frigatebird(オオグンカンドリ)が見られる。Blue-footed Boobyは求愛のダンスや交尾も見る事が出来た。18:00頃夕日を見ながら帰船。19:00から翌日のブリーフィング。見所や注意点、時程を説明してくれる。20:00から夕食。コース料理だ。もちろん大変なのは、相席した異国の方々と英語でコミュニケーションを取らなければならないこと。食事が終了し、時差ぼけの嵐の中やっと就寝。今日は本当に長かった。

 

19991116日(火)

この日はバルトロメ(Bortolome)島へ。Early exercise(朝食前の運動)を申し込み、早朝から島の頂上へ。372段の階段を登ると360度の展望が。朝食後、再度バルトロメ(Bortolome)島へ上陸し、今度はゆっくり登る。ガイド(今度はドルフィン班、ガル班のガイドが今日もこっちに来るかい?って上陸前に言われた(笑))の説明を聞き、Galapagos諸島の由来etcを聞く。ここでガイドの説明に出てくる「ラバ」があったが、当初「Lover」と勘違いをし、???だったが船に帰って調べてみると「Lava(溶岩)」であった。聞き取りは難しい。動物はあまりいない。Blue-footed Boobyのダイビングは数回見られた。午前中の後半は、砂浜に上陸しシュノーケリングの時間。ここはパスして時差ぼけ解消タイム。ZZZzzzzzz・・・・・・

 

午後は、サンチャゴ(Santiago)島にウエットランディング(砂浜からの上陸のため多小濡れる)。当然Sealionがお出迎え。Galapagos Dove(カラパゴス・ハト)も見られた。海岸線には、いたいたいたぁ〜〜!! Marine Iguana(海イグアナ)だ!! 本当に奇妙だ。その後Oystercatcherの捕食シーンも見られた。また、ガイドからGalapagos SealionCalifornia Sealionの違いを実物で説明を受ける。またまた、夕日を眺めながらの帰船。19:00からブリーフィング。20:00から夕食。このパターンに慣れてきた。

 

19991117日(水)

この日は、ヘノベサ(Genovesa)島のDarwin Bayに。午前は砂浜にウエットランディング。もちろんSealionがお出迎え。すぐそこにはSwallow-tailed Gull(アカメカモメ)、Great Frigatebird(オオグンカンドリ)、Masked Booby(アオツラカツオドリ)、Blue-footed Booby(アオアシカツオドリ)が見られる。今日は快晴のため、暑い。Marine Iguana(海イグアナ)もいたが数は少なかった。

 

午後はヘノベサ(Genovesa)島のPrince Philip's Stepに。25mほど登るとそこは鳥類のコロニーが。Masked Booby(アオツラカツオドリ)、Red-footed Booby(アカアシカツオドリ)、Great Frigatebird(オオグンカンドリ)が多数いる。ここでOwl(フクロウ)も見る事が出来た。19:00からクルーズ船最後の夜のブリーフィング。明日の帰路の説明。1週間のクルーズの乗客は除き、大部分は34日で明日島を離れる。僕の場合は、明日オプションで1Santa Cruz島に宿泊する事にしていた。帰る人はGuayaquilQuitoのタグを付けておけば、荷物は部屋から空港の手荷物受け取りまで運んでくれる。ここで、クルースタッフに説明し、なんとか明日の宿泊Hotel Galapagosまで運んでくれる事になった。最後の夕食も終了し、クルーズ船の最後の就寝。

 

19991118日(木)

朝食を取り、いよいよ下船。ここでも多少トラブルが。実はドルフィン・グループのほとんどの人が1週間クルーズの人達だった。間違えてそのボートに乗ってしまったのだ。

 

僕の予定を知っていた外人さん:あなたは違うから降りなさい

ガイド:Stationに行くのか?

KawamotoStation?(駅???)

ガイド:飛行機はいつ?

Kawamoto:明日です。

ガイド:OK

僕の予定を知っていた外人さん:この子はオプションで1日追加しているので、このボードではない。早く降りなさい。

 

結局違う事がわかり、ボートを降り事無きを得た。後で分かった。ここでは「Charles Darwin Research Station(ダーウィン研究所)」を省略してStationと呼ぶのだ。研究所はResearch Centerのイメージがあるので良く分からなかった。

 

まぁ、そんなこともあったけれどもサンタ・クルーズ(Santa Cruz)島へ。午前中はハイランドに行き、ゾウガメの見学。で、で、でかい!! さすがガメラのモデルになったのが納得できる。1m以上はある。ゾウガメの食欲にも圧倒された。ツアーはこの後近くのレストランで少し早い昼食を取り空港へ行く。僕はタクシーでアカデミー・ベイにあるHotel Galapagosへ。オーナーのJackさんは気さくな人で、「夕食に寿司と刺し身を出してあげるよ」と言ってくれた。ここのホテルは全室海岸に面している。ホテルで昼食を取り、Station(ダーウィン研究所)に。Hotel GalapagosからStationはすぐ横だ。ここでLonesome George(この種で生き残った最後のゾウガメ)に会いに行く。しかし、かなり遠いためうまく写真が撮れない。他のセクションでは本当に巨大なゾウガメをまじかに見られた。その後、プエルト・アヨラの街へ。ここで、Post OfficePost cardを出しに行ったら、「切手が貼ってないよ」と言われる。切手はお店で買わなければならない。ん〜、良く分からん。

 

この日の夕食は、オーナーJackさんが握ってくれた寿司・刺し身を頂き、久しぶりの和食を楽しんだ。良く見ると日本人がたくさんいる。部屋に戻ってカイドブックを読んでいると、「Lonesome Georgeは現在2頭のメスと一緒に生活している」。んっ?? という事は、今日撮影したのはGeorgeじゃなかったのか??? ここまで来て、Georgeに会っていないのは不本意だ。明日の出発は11:00だから、もう一度行ってみようと心に誓い就寝。

 

19991119日(金)

朝食後、再度Lonesome Georgeの所に。観光客も多くいて、いた〜〜!! 丁度、食事の時間なのだろう。観光客の前にいる。んっ?? 2頭いる。どっちがGeorgeだぁ〜?と思い観光客に聞いてみる。そうすると「こっちだよ」と言ってくれた。昨日とは違う。本物のLonesome Georgeだ。興奮しながらシャッターを切る。しかし、すごい食欲だ。ずっと見入ってしまった。数グループの観光客が過ぎていった。Georgeにお別れしてホテルへ。いよいよ、帰路だ。10:50頃係員が迎えに来てくれた。相乗りのお客さんを向かえ、途中のレストランで昼食。14:15発のTAME航空EQ-190便へ。Galapagosとのお別れ。1時間半後港町Guayaquilに到着。ここでトランジット。一旦全員降りる。再度乗り込みQuitoへ。

 

ここで今後のスケジュールについて補足する。18:05Quito(キト)着。係員が迎えに来てくれてホテルへ。22:57CO-750便(ヒューストン行き)の出発までホテルで休憩。このCO-750便は、Quito Guayaquil Houston と飛ぶ。ここで、何でGuayaquilから飛ばないのか?と言う疑問が湧く。外務省からGuayaquilは治安が悪いので、ホテルetcの宿泊利用しないよう旅行代理店に通達されているらしいのだ。

 

GuayaquilからQuitoへ。飛行機が飛び立ってから20分程してまたトラブルが・・・・

あの「セニョール、セニョーラ、ポルファボール」が始まった。すぐ乗客が騒ぎ出す。隣のビジネス・マンとセニョリータが英語で説明してくれた。Quitoのエアポルト(エアポート、スペイン語は巻き舌になる)はクローズしていると。またか!と思ったものの、今度は帰路。天候じゃしょうがないね〜っと妙に納得。結局Guayaquilに舞い戻り。しかし、飛ぶ前に分からなかったのかねっとちょっと疑問。TAME航空によると、「我々は15分おきに天候状況をチェックしている。機体・パイロット・乗員もスタンバイしている。Quitoの空港がオープンしたら、すぐに飛ぶ」と言うのだ。ここでは色々あったが省略する。隣に座っていたビジネスマンから携帯電話を借りて代理店に電話したり、係員と英語で戦ったりしたものの、結局飛行機はQuitoに飛ばず荷物(スーツケース)を受け取った。CO-750便はここGuayaquilに来るのだ。問題はスーツケースがTAMEの飛行機にあることだったのだ。コンチネンタル航空にGuayaquilから乗りたい事を説明し、乗れる事となった。

 

199911月20日(土)

席は19C。出発は00:02。席には誰も座っていない事からこの飛行機もQuitoには降りなかったのだろう。爆睡状態でHouston5:11到着。HoustonGalapagosは同じ時間帯でQuitoGuayaquilHoustonには1時間の時差があるため飛行時間は6時間だ。ここまで来ればアメリカだ。優しいアメリカ人は、分からない様ならゆっくり英語を話してくれる。出発前まで5時間ほどあったので、しばし空港探索。買い物を済ませてCO-7便に。席は37C。並びの席に人はいない(ラッキ〜〜!)。3席分使用し日本までのフライト約13時間。エコノミーもいいもんだと思える瞬間だ。

 

199911月21日(日)

15:15成田に無事着。合計36枚撮りのフィルムで34本撮影した(RVP 11本、RDPU 18本、EBX 5本)。今回の旅行では、カラパゴス・ペンギン(Galapagos Penguin)とコバネウ(Flightless Cormorant)の撮影が出来なかったのが心残り。

 

写真の上がりを見るとちょっとショック。ピンボケが多いのだ。なんとなくシャープさに欠ける。背景や構図が気に入らない。ん〜〜、欲求不満だぁ〜〜〜〜!!!


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